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妖怪うぃき~現代にも現れる妖怪達~

妖怪……いるんですよ、現代にも。現代で起きた、妖怪達の目撃情報を紹介いたします。

放置しすぎて更新する気概も無いので、図鑑の方に統合し始めてます。過去の記事も一部図鑑へと移しているので、妖怪うぃき的妖怪図鑑の方へお越しくださいませ。

妖怪とは何なのか? 祝100記事目!

こんばんは。ついにこの妖怪うぃきも100記事目を迎えました。

百物語の完成だぁぁぁくぁwせdcrtfぶyhじおkpl@!

と言いたいところですが、ぼやきカテゴリが何故かやけに多いのでそう言うわけにもいきませんし、100書けたからってヤメル気もございませぬ。

しかしよくもまぁこれだけの妖怪を調べて付き合ってきたモンです。我ながら感心です。

そうやって数ヶ月妖怪と向き合ってきましたから、なんとなぁく「妖怪」というものは掴めてはきました。否、少し違いますね。「妖怪の掴みどころの無い感じを掴めてきた」とでも言いましょうか。

いきなりですが、妖怪って、ホントに日本的だと思うのです。

幽霊とか、怪物だとか、モンスターだとか、世の中にはいろんなオカルトな存在が溢れてますが、妖怪ほど日本臭いヤツはいない気がします。それもそのはず、何度か書いてきましたが、妖怪とは日本の文化と共に産まれ、育っていったからなんですね。

妖怪! と聞くとどうしても日本的な匂いのするイメージだと思います。ベムベラベロレロレロ等を想起する方は別として。

日本人にしか真に理解することはできないであろう妖怪の持つ雰囲気と匂い。それを感じれることは嬉しいことです。未だ、見えませんが。

 

――さて、妖怪については過去の偉人変人達が何度も熟考し、何冊も本が出されています。その中でも、僕がすごく好きで、「一つの妖怪への答え」なんじゃないかと思うことを書かれてる本の一節をご紹介しましょう。

井上円了氏の、『妖怪談』に書かれている文章です。

 

――世間では私のことを、妖怪を非認すると申すそうですが、私は決して妖怪を非認いたしませぬのみならず、大いに妖怪ありと申しますが、しかし世間にいわゆる妖怪と申すのは、まことの妖怪でなくして、その妖怪の端であります。

その真の妖とはなんぞや。曰く、「心これなり」と申します。このほかに妖怪を認めませぬ。また、これ以上にさかのぼってたずねることはできませぬ――

 

この『妖怪談』では、狐憑き等のいくつかの怪異を書いた挙句、それらは全て心のなせる業、「心これなり」とまとめられています。さらに、この文章に続くところには「妙心こそが最大の妖怪。妖怪の親玉」とも書かれています。なるほど面白いです。ここだけ読んでも正しくは伝わらないのでしょうが、とにかく僕はこのブログを書く上でこの文章を何度も読み返してました。

ただし、これはあくまでも「一つの」答えに過ぎません。じゃあ妖怪は物理的には存在しないのか? そんなのわかりません。ただ、もし妖怪というものが存在していて、実際に捕らえられてしまったりしたら、それはもう妖怪ではなくなります。新種の動物になってしまうでしょう。妖怪が妖怪である為には、「わからない」という要素も大事な気がします。たぶん。

 

お気づきかも知れませんが、妖怪は至るところに湧きます。そして、実は僕も、この妖怪うぃきを訪れてくださっているあなたの心に妖怪を湧かせているのです。

妖怪が消えゆくのを防ぐことは、個人にでもできる。そう僕は思っています。

 

まだまだ、僕の妖怪探しは続きそうです。

――未だ、見えませんが。