妖怪うぃき~現代にも現れる妖怪達~

妖怪……いるんですよ、現代にも。現代で起きた、妖怪達の目撃情報を紹介いたします。

放置しすぎて更新する気概も無いので、図鑑の方に統合し始めてます。過去の記事も一部図鑑へと移しているので、妖怪うぃき的妖怪図鑑の方へお越しくださいませ。

河童の伝承 ~河童の謎その弐~

f:id:youkaiwiki:20120830134501j:plain

河童

 

里中です。

前回の河童特集に引き続き2回目の河童記事です。

今回は河童という妖怪がここまで広がった(有名になった)理由について考えてみたいと思います。

 

まず、河童の伝承には大きく分けて二種類の伝承があるように僕は思います。

一つ目が、「河童を見たことのない人々による伝承」。

二つ目が、「河童を見ることが出来た人々による伝承」です。

 

前者の伝承は、目撃情報等というよりも、「まじない」としての効能を期待した人々が多いのが特徴です。妖怪という言葉は民族文化や民間信仰と深く関わりがあることはご存知かと思います。――というよりも、民間信仰等が妖怪を産んだ、と言っても差し支えないほどです。(ただしこれらは実際に妖怪を見ることのできない人々の間での事例です)

当然河童も例外では無く、ただでさえ海に囲まれた島国である日本では古来より水難事故というのは群を抜いて多いものでした。そういった水難事故を人間が都合よく解釈する為に、「河童」という妖怪は大活躍したのです。

昨今妖怪という言葉をあまり聞かないのは、実は科学の進歩が大きく関係しています。科学という言葉すらなかった時代の人々は、不可解な現象を解明する術を持ちませんでした。しかし人間、「ただわからない」ということにして片付けるのは嫌いな生物。そんな時に科学にとって代わり、不可解な現象を説明する為に妖怪が実に便利に作用したわけです。それが現代では「科学」によって大半は解明されてしまうわけですから、妖怪という名を聞かなくなるのも仕方のないことなのです。

前述したように、「まじない」としての河童も大活躍でした。

それは例えば母親が水辺で遊ぶ子供を諫める際、「水辺で遊ぶと危ないからね!」と言うよりも、「水辺には河童がいるから気を付けてね!」と言った方が効果的である――というようなことです。

これは河童に限らずですが、とかく水の豊富な島国では特に「河童」は全国各地で語られ、活躍の場を広げたわけです。

 

――ここで疑問が出ます。では最初に河童を語ったのは誰なのか?

そうして話は冒頭で語った第二の伝承、「目撃者発の伝承」へと繋がります。

 河童の正体に関しては実に様々な解釈があります。

川辺に打ち上げられた幼児の死体という説。水浴びをするキリシタンという説(これを知った時は思わずニヤリとしてしまいました)。

一方、由来となるとあまり知られていない伝承が多いのでは無いでしょうか?

中国の黄河より渡ってきた説。陰陽師の式神が元となっている説。人形であったという説。

僕の個人的な意見を言いますと、それら全て、間違っていると思います。

それは実際に河童に遭遇した際にハッキリと感じたものです。

河童は恐らく、人間と同じように進化を繰り返し、産まれてきた純粋な「生物」であると思うのです。中国から渡ってきたという説も(猿猴等の実際に中国より渡来した河童もいますが)、単純に中国で「妖怪を見ることのできる人間」が先に情報を発しただけに過ぎないと僕は思うのです。それが日本にも伝わり、「河童は中国の妖怪」というイメージができてしまった。

元から日本国内で河童を見ていた極わずかな人々も、それが中国発の妖怪であると信じてしまったのですね。国産の、元から日本にいた河童も数多くいたにも関わらず、です。

最も信憑性のある河童実在の証拠として、筑後川の資料が挙げられます。

筑後川周辺には、なんと「河童と地域住民とのいざこざ」等の具体的な資料が沢山残されています。中国の黄河出身説では、日本に渡った河童は許しを請い、筑後川に住みつくことを許される――という一幕がありますが、僕はこれもまた後付けの創作なのではないかと考えています。筑後川には元から日本産まれの河童が沢山住んでいたに違いないのです。

 

現代では、河童をUMAと仮定し、存在を確認しようという動きもみられます。

しかし残念ながらそれは叶わないでしょう。理由は単純。河童は「この世界」の住人では無いからです。

それでも古くから多くの目撃談を残し、あまり悪いイメージで語れらない河童は、妖怪の中でも比較的人懐っこい妖怪なのではないでしょうか?

故に子供と相撲をとる逸話があったり、人助けや恩返しをする逸話があったりと、好意的な伝承も多数あるのです。

それでも強引な「悪い伝承」があるのは、実は前述の「まじないとしての河童」の効果を維持するための仕方のない悪評だったのではないかと僕は思うのです。

人間のいる世界に産まれていたとしたら、もしかしたら河童はもう絶滅していたかも知れません。僕らはいつだって都合よく、動物や植物、時には同じ人間までもを利用しようとするのです。

河童は実在する――という紛れもない真実を多くの方に知っていただきたい反面、妖怪の世界でしか見ることのできない河童に対し安堵する気持ちも持ち合わせています。

知ってほしい。けれども、見つからないで欲しい。

僕もまた、都合よく振る舞う人間の一人であるのでしょう。

 

最後に、もし運よく河童に出会えた際、キュウリをあげるのは止めた方がいいです。

僕も言い伝えの通り、好物はキュウリだと思い込んでいましたが、与えてもうんともすんとも言いませんでした。噛みもせず、丸飲みです。

次はカッパ巻を持って行き、河童のユーモアセンスを調べてみるつもりです。