妖怪だって忙しい「震々」
震々(ぶるぶる)
一番忙しい妖怪ってのはなんだと思う?
……はぁ? 酔ってねぇよ。ちょいと酒が回っただけだぃ。……あぁ、酔ってるとも言うかもな。
それより今の質問、どうだい?
……ほぅ。お前、見えないってのか?
そうかぁ。そりゃあ残念だ。いんや、もったいねぇ。
俺は昔っからよく見えるんだ。
からかってねぇよ。しょうがねぇだろ。見えちまうンだからよぅ。
それが原因でこのザマだ。お前さんはアレか? リーマンか?
……お、おう。随分いいとこ勤めじゃねぇか。
俺か? 俺ぁ……まぁ……ヤクザもんよぉ。
堅気の兄さんにはわかんねぇだろうが、コッチもITだのETだのの知識が物言うご時世でなぁ。妖怪見えたって何の得にもなんねぇ。
ほれ……こんなに指も詰めちまったぁ。俺ぁ下手こいた時だけじゃなくてな、妖怪見ちまった時にも詰められるんだ。俺もまた正直者でよぉ……。
今日だってほら、そこに焼肉屋できただろ? あそこの店主、何にも解っちゃいなくてな。ショバ代払おうとしねぇわけよ。
俺なんかは三ン下のチンピラだ。それでも情けはある。組の傘下のおしぼりを使えば許してやるってぇとこまで譲歩してやったんだぜ? なのに首を縦に振りやがらねぇ。さぁて俺の本領発揮――ってとこでなぁ、見えちまった。妖怪だよ。あの店主、完全に天狗に憑かれてやがった。
あんたにゃわかんねぇだろうけど、天狗ってのぁ怖いぜぇ。俺がいくら凄んでみたってな、天狗が数倍の眼力で睨み返してくるんだ。店主が――天狗になってるのも大いに納得だ。ありゃあどうにもなんねぇ。
それでこんな汚ぇ焼き鳥屋でヤケ酒だ。
言えねぇよぉ。天狗憑いてるんで諦めやしょう――とかって言うのかぁ? また指が消えちまう。
……ブラックだって?
元から黒い世界にブラックもホワイトもあるもんか。
いいか。あんたみたいな大企業勤めにゃわかんねぇかもしんねぇけどな、光があるとこには必ず影があるんだぞ。もし俺達みたいなヤカラが消えちまったとするだろ?
それはいいことのように見えるかもしんねぇ。でもな、影が無くなったら光も無くなっちまうのさ。わかんねぇとは思うが――そういうモンなんだよ。
まぁいいや。
こういうのを絡み酒っていうのかも知れねぇが、こういうのも縁だ。そうは思わねェか?
……ほぅ……思わない……ときたか。
俺はなぁ、思う。縁だ。ああ、縁だ!
っつーわけで、どう思う?
最初の質問だよ。一番忙しい妖怪、何だと思う?
……河童? バカ言うんじゃねぇよ。河童なんぞ呑気なもんだ。
カッパ寿司の店員の方がよっぽど忙しそうにしてらぁ。
因みに、いそがしっていう名の妖怪がいるんだが、アイツも違うぞ。名前はいかにも忙しそうだけどな。忙しそうな名前だが、働く時間は多分みじけぇな。
……知らない? だろうなぁ。だから尚更だ。
……。
つまんねぇなぁ、兄さんよぉ。
もっと知らねぇのか? 妖怪だよ。
……はぁ。
じゃあ正解だ。俺も飽きてきた。
震々って妖怪、知ってるか? あ、いや、答えなくっていい。知らねぇだろうからな。
肝試しとか行ったことあるだろ? そん時、首筋が寒くなるような、ブルっと来るような感覚感じたことはあるだろ?
……そう、それだよ! その感覚だ!
あれはな、妖怪震々が首筋に巻きついてンのよ。
女みてぇな顔で、身体はスカンクみたいだな。屁コキのスカンクだ。
俺ぁ仕事柄、不気味なトコにはよく行くんだが、大体誰かしらソレに巻きつかれてるな。
――で、俺はおぞましい事実を知った。
妖怪ってのはな、同時に何匹も出やがるんだ。
だってほら、そりゃそうだろ? 誰か一人だけがぶるっと怖がるわけじゃねぇ。数人同時にビビルことだってよくある。俺が実際に見たんだから間違いねぇ。少なくとも6匹、俺は同時に出る震々を見たね。
そう考えると、日本中どこかでそうやってビビル奴が現れる度に震々は出動しなきゃなんねぇわけだ。
この忙しさは半端じゃねぇだろ。
もしかしたら世界中かも知んねぇ。そしたら時差もクソもねぇわけだから、24時間フル出動だ。
俺ぁそう考えてから震々がかわいそうでな。他にいい仕事でもありゃ紹介してやるんだけどなぁ。
……え? そいつにとってはその行為だけが生きる目的……ってことか?
兄さん。そりゃつまり、震々は満足してるってぇことか?
……そうだな。満足もクソも無い。そうするしかないだけ……かもな。
それって幸せなのかぃ?
……幸せなんていう感情も無い……か。
選択肢が多いことは必ずしも幸せであるとは限らない……って高田兄ィも言ってたっけなぁ。
――で、兄さんは幸せか?
……わかんねぇ……よなぁ。
……俺か?
……さぁなぁ……。
とりあえず堅気の兄さんが俺の質問に少しでも答えてくれた――それだけでちょっとは幸せな気がするんだけどよ……これって幸せに入るのか?