妖怪うぃき~現代にも現れる妖怪達~

妖怪……いるんですよ、現代にも。現代で起きた、妖怪達の目撃情報を紹介いたします。

放置しすぎて更新する気概も無いので、図鑑の方に統合し始めてます。過去の記事も一部図鑑へと移しているので、妖怪うぃき的妖怪図鑑の方へお越しくださいませ。

「小袖の手」で一考。見える妖怪、見えない妖怪とは?

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小袖の手

 

フリーライター里中です。

ファッションには疎い僕ですが、古着屋やフリーマーケット等で買った服から手が出る……という恐ろしい話を聞いたのでご紹介いたします。

これは調べてみたところ、「小袖の手」と呼ばれる妖怪の仕業であるものと考えられます。小袖の手は、かつては遊郭等で身請け(遊女を、大金を出して貰い受けること)されずに死んでいった遊女達の怨念等が起こす現象だとされてきました。しかし最近、この現代においても、「服から手が出た」という話を幾つか聞いてしまったのです。もちろん、現代で着物を着る機会は少なくなってしまっていますし、「服」というのも着物に限らなくなっているのが興味深いところです。いわば、現代版小袖の手が出た、というところでしょうか。

服から手が出るという現象は、ほとんどの場合見間違いである、と思われるかも知れません。しかしそれは、「ほとんどの場合実際に起きている」のです。非常にシンプルな妖怪ですので、僕の個人的な「感覚」にはなりますが、妖怪出現のメカニズムに触れておきます。

――よく言われるのが、不安や怯えた心でいると、お化けや幽霊が見えてしまう、というもの。つまりは、怖がっていると、なんでもないものが幽霊等に見える思い込みをしてしまうということでしょう。これは一見理に適っているように見えて、真相は異なっています。

妖怪は、普段普通に生活していればまず見ることはありません。それは、ほんの少しズレた世界に彼らが住んでいるからです。人間が目で見ているモノなど、所詮は脳が頑張って構築している映像に過ぎないのです。実はそこに、いつでも「居る」妖怪達も、人間の脳のシンプルなメカニズムの元で「見えない」だけなのです。

これは、根拠も無く言っているわけではありません。何度も何度も妖怪を見てきた僕には、実感として解るのです。妖怪達の姿が見える時、僕は毎回「ある特殊な感情、心の状態」に置かれます。いや、順序が逆ですね。「ある特殊な感情、心の状態」になった時、妖怪達の姿が見えるようになる――のです。

それは、言葉で表せば限りなく恐怖や、不安といったものに近い気がします。人間の脳にかかっているある特殊なフィルターが不安等の感情によって取り除かれ、そこにいつも居る妖怪の姿が露わになる。そのような感覚です。

また、これは僕の推測に過ぎませんが、僕たち人間の感情だけでなく、妖怪達の感情も見える、見えない、に大きく関係している気がします

なぜそう思うかと言いますと、私怨や、何か猛烈にアピールしてくるタイプの妖怪は比較的容易に見えてしまう。それに対して、特に人間に干渉しようとしていない、干渉するメリットも無い妖怪というのは本当に見えにくい。これが理由です。妖怪達の、「見てほしい、見えてほしい」という感情の作用も、脳のフィルター解除の要因になっているのでは? と僕は考えています。

今回紹介している「小袖の手」。これも、当然見てほしいタイプの妖怪だと思います。かつての遊女達の怨念同様、現代の無数に存在する服にも、ごく自然な結果として着ていた者の想いが宿る筈なのです。古着などに限定して目撃情報があるのもこのためでしょう。

この小袖の手の怖いところは、ごく普通の生活を送っていて、心理状態も普通なのに見えてしまう場合が多い――ということです。

これがどういうことかと言いますと、前述の妖怪が見えるメカニズムに則って考えれば簡単にわかります。見えてしまった人間は、恐怖や不安等の「見えやすい状態」には無かった。しかし、服に宿った妖怪の「見てほしい」意志が強いために見えてしまった。つまり、妖怪の一方的な強い思いのみで見えてしまったわけですから、その怨念が桁違いのものであることも解ります。

対処法は至って簡単です。お寺等で供養してもらうのもいいですし、ただその服を捨ててしまうだけでもいいのです。あくまでも「見えてしまった」だけで、何か実害が起きるケースはほとんどありません。供養してやらないのは悪いことだ、と思う方もいるかとは思いますが、そのような「物」に憑く妖怪等は腐るほどいますし、いちいち供養してやるほど僕は暇ではありません。憑き物系の妖怪も少しは自分で頑張って成仏して貰わないと、と僕は思うのです。 

しかし、人間の恐ろしいところは見えてしまってからで、妖怪とは全く関係の無い病気や体調不良を「呪い」だとか「怨念」だとかと思い込んでしまうんです。初めて妖怪を見てしまった方は特にそうなりがちで、思い込みの力のみでそのまま衰弱して行ったりもします。もちろん、この辺りの話は科学の力の及ばない範囲でもありますし、中には怨念等で人間を苦しませることができる妖怪もいるかも知れません。しかし少なくとも「小袖の手」にはそのような力は無いです。理由は、「手しか出せない程度の力」だからです。よって、全身で出てきてしまった際にはかなり注意しないといけません。

 

最後に――

ここまで読んで頂いた方には解るかと思いますが、僕は「憑き物」系の妖怪は好きではありません。いや、妖怪に好きも嫌いもないのですが、なんとなく、情けないなぁ、と思ってしまうのです。

腐る程見てきたというのもあるかも知れませんが、結局は憑き物は人間の「後悔」の塊のようなもの。死後であれなんであれ、他人の後悔を見せられることなど面白くもなんともないのは解っていただけるかと思います。

故に僕が本当に恐ろしいと思うのは、以前書いた「牛鬼」のように、得体の知れない、人に害を及ぼす、妖怪と言うに相応しい怪物なのです。